チュニジア04: 聖地ケロアンをめぐり、スベイトラのローマ遺跡を歩く

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イスラム第4の聖地ケロアンをめぐる

4時過ぎから薄明るくなって、小鳥の大群の鳴き声で目覚めました。ホテルのはす向かいは、木々の茂る公園です。

朝食はカフェオレとパン。質素だけど、焼きたてのパンはとてもおいしかったです。

迷路のようなメディナ(城壁に囲まれた旧市街)に入り、グランド・モスクを目指して歩いて行くと、ドアのノッカーとしてファティマの手をつけている家が数軒ありました。お守りとしての意味があるそうです。(ファティマというのは預言者ムハンマドの娘の1人です。)
モスクの3つの扉は、男性用、女性用、子供用に分かれていて、中央が男性用とのこと。

グランド・モスクが開く7時半まで、土産物屋で値切り合戦をかわして、スパイスなどをゲットしました。

そうこうしてる間に門番がグランド・モスクの鍵を開けてくれました。アフリカ大陸で一番古いモスクです。

今まで訪れたイスラム諸国はいずれも聖地メッカよりも東側がほとんで、サウジアラビアのメッカの方向にあるミフラーブ(祭壇)はいつも西向きでしたが、今回はアフリカ大陸なのでミフラーブが東側にあるのが新鮮でした。

ホテルをチェックアウトして車でシディ・サハブ霊廟へ向かいました。既に陽は高く上り暑さが厳しいです。

マグレブ(北西アフリカ)で一番美しい霊廟といわれるだけあって、アラベスク模様をあしらったタイルや装飾がとても素敵です。

ムハンマドの同志で聖者のアブ・ザマ・エル・ベラウィがここに眠っています。

スベイトラへ急いで、スイカの呪いを受ける

次は、チュニジアに残る一番新しいローマ遺跡スベイトラを目指します。

ケロアンの市内を抜けるのに2度ほど道に迷ったものの、地元のお兄さんが丁寧に教えてくれたおかげで、スベイトラ方面へ向かう幹線道路に乗ることができました。Uターンして戻ってくるのを待って手を振ってくれたのは嬉しい思い出です。

スベイトラへの道中、車窓には乾燥した大地が広がり、スイカとメロンを山のように積んで売っている露店がいくつもありました。子供たちが、大きなスイカを半分に切ったのを皆でスプーンでつつきながら食べ歩きをしています。

妻はのどが渇いてスイカ休憩したいのに、私は先を急いで車を停めなかったので、この時から「スイカ食べたかったのに・・・」、「どうして停まってくれなかったの・・・」が何度も何度も繰り返される、オアズケをくらった妻からのスイカの呪いが始まったのでした。

この日の最終目的地は、アルジェリアとの国境に近いタメルザで、我が家にしては”高級”ホテルを日本から予約していたので、遠距離だけど何とか辿り着かなくてはならないのです。

花咲くスベイトラのローマ遺跡を歩く

スベイトラは、昔から国内外との交易で栄えた所で、ちょっと回り道になるけれど、見落としたくないローマ遺跡があります。

11時過ぎにスベイトラの町に入ると突然凱旋門が見えました。紀元300年に建てられたものです。

辺りは一面乾燥した大地が広がっているのに、遺跡の中は良く手入れがされていて、職員が水撒きをしていました。気温は40℃近くあると思われるのに、エデンの園のように(行ったことないけど)花が咲き乱れていました。

神殿群、聖堂、劇場、噴水、貯水池、大浴場跡など、見所はたくさんありますが、他に観光客は2組だけで、閑散としていました。

スベイトラの遺跡を見学し終わって、時間は12時をとうに過ぎていました。そろそろランチにいい所を探したいです。

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