ペルー旅行07: シユスターニ遺跡を見て、自由旅行ならではの不安と喜びを味わう

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プーノの美味しく慌ただしい朝

朝食は、ホテルのそばにあるプーノの市場で、地元の人に混ざって食べようということになりました。

まず、活気と雑踏の市場に行ってパンやトマトを買いました。市場の外の道端の屋台みたいなところで、お米が入った乳製飲料を温めたという感じの飲み物を売っていたのを、娘が試しに飲んでみたいとのことで1つ買ってみました。一口飲んでみるとおいしい! すぐに2杯目を注文し、そこの屋台に座ってパンも食べながら、またおかわり。この「オルチャータ」という飲み物(1杯0.5ソル=18円)のファンになりました。

9時にミニバンが迎えに来るまで時間があるので、プーノの街を散歩しました。ペルーの町はどこも中心に広場があってそこには教会があります。

途中の公衆電話で航空会社に電話して予約の再確認をしようと思ったけど、「地球の歩き方」に載っていた番号にかけると「現在この番号は使われておりません」みたいなことをスペイン語で言っているようです。歩き方のもう1つの番号にかけると「ピー、ギャー」と音がするので、パソコンかファックスにつながったようです。今晩泊まるリマの宿も、目星を付けておいたところが空いているか確かめようと電話したら、英語が分からない人が出てきて、すぐに切れてしまいました。

そろそろホテルに戻ろうと歩いていると、何と今日乗る飛行機の会社の事務所があるではないですか。英語はできない社員1人だけのそこの小さなオフィスに入って、予約の再確認を頼むと、電話をかけてくれたのですが、今どうもシステムがダウンしているらしくて、もうちょっと待ってくれとのことです。ぎりぎりまで待って、何度か電話してくれたのですが、まだだめ。もう時間切れ、後でやっとくからとのことで急いでホテルに向かいました。

先にホテルに向かっていた3人は、さっきの屋台で飲み物をまた飲んでいたので、ホテルには同時に着いて、急いでチェック・アウトして、ちょっと待たせたミニバンに乗りこみました。

ミニバンが出発する寸前に、手配してくれた旅行エージェントの人がオフィスから出て来て、もう一度航空券を見せてくれと言います。渡すと、一度オフィスに持って行った後、返してくれました。ひょっとしたら、今の今まで予約の再確認を実はしていなくて、今日はミニバンを借り切ることになったりしてうちもいいお客さんになったので、やっとしてくれるつもりになったのかもしれません。あるいは、ちゃんとしてくれてたけど、もう一度念を押してくれるためなのかもしれません。

素晴らしい「シユスタニ遺跡」を不安を秘めつつ歩く

ミニバンの運転手は感じのいいお兄さんです。プーノの街を見下ろせる所で写真を撮れるように車を停めてくれたりして親切です。

小1時間のドライブで、シユスタニ遺跡に着きました。

我が家が2時間くらい遺跡を見学している間、運転手は駐車場でずっと待ってることになります。遺跡を歩くのにリュックを背負って行きたくはないので、ほとんどの荷物は、車に置いていくことになります。パスポート、航空券、クレジットカードなどのアメリカに帰るのに絶対に必要な物や貴重品は全て身につけていますが、運転手がリュックを持ち逃げしない保証はありません。今日のミニバンの料金は全額、昨夜のうちに旅行エージェントに払ってしまいました。後で考えると、半額は最後に空港に着いてから渡すことにすれば良かったと思いましたが、もう手遅れです。

皆には、なくなったら絶対に困る物は、遺跡見学の間も持って行くようにと朝のうちに言っておきましたが、結局、飲み物、カメラ、貴重品以外は全て車に置いて行きました。運転手を信用するしかありません。遺跡に向かって歩きながら時々振り返って、駐車場にちゃんとミニバンがいることを確かめました。

湖に突き出た半島の中に遺跡があります。湖畔の草原には牛が放牧されています。

遺跡は、石を円筒型に積み重ねた昔のお墓の塔です。いろんな形や色があります。中に入れるようになっている塔もありました。

ふと気付くと、ミニバンがさっきの場所にいません。それらしきミニバンが、湖の反対側の道路を走り去っています。退屈だから、近くの村に何か買物にでも行ったのかもしれません。心配させないように、皆には黙ってました。

遺跡をくまなく歩いて、湖に浮かぶ感じのいい島を眺めたりしながら、半島を1周してまた駐車場を見下ろせる所まで戻ってきました。

やっぱり、ミニバンの姿は駐車場にはありません。「まだ約束の時間までだいぶあるから、何か買いに近くの村にでも行ったんじゃない?」「リュック、やっぱりとられちゃったね。」いろんな意見が出ます。ミニバンらしい車がこちらに向かってくると、その度に双眼鏡で見て確かめます。「あれは違う。」

不安は心の奥に押しやって、まわりのとっても感じのいい景色をのんびりと眺めて待ちます。湖の反対の方では、半分湖に突っ込んでる車やバスがいます。洗車でもしているのでしょう。そのうちの1台が洗車を終えたのか、こちらに向かって来ました。また双眼鏡で眺めます。白いミニバンです。横にはオレンジのラインが入っています。駐車場に停まりました。運転手は緑のジャケットを着ています。間違いなさそうです。戻ってきてくれました。ちょっとでも疑って悪かったです。

晴れ晴れとした気分で、駐車場まで降りて行きました。

驚くほど安いお土産を買う

駐車場には、ずらりと2列に並んで、おみやげを売るおばさん達がいました。いろんな物を売ろうと、日本語まじりで元気な声がかかります。

リャマに似たアルパカという動物の毛で出来た製品がたくさんありました。これはペルーの特産品なので、おみやげには良さそうです。何と、手袋は1ドル、カーディガンは5ドルだそうです。なかなか柄もいいのがありそう。妻がそれぞれ1つずつ買いました。もともと安いけど、これ以上は値切ろうとしても駄目でした。

男性用のアルパカのセーターも、いい柄のがあって、これは10ドル。1つ買いました。脱いだり着たりする時に、中の毛糸が引っかかることがあるので、やっぱり作りはあまりしっかりしていないのかもしれませんが、まあこの値段以上の価値はあるし、今までペルー旅行の記念になるものは何も買ってなかったので、いい買物が出来ました。

子供達は友達へのおみやげに、小さなオカリナを6個で2ドル。最後に、息子が石を投げるためのヒモみたいなのを欲しがって1ドルで買いました。

農家に立ち寄って地元民の生活の様子を見る

またミニバンに乗って出発。現地の小学生くらいの女の子が1人、途中までヒッチハイクしていきました。空港に向かう前に、運転手が途中の村の農家の見学に寄ってくれました。

そこでは、農家の生活のいろんな側面、食べ物や畑で使う道具や織物を作る道具や工芸品など、愛想のいいおじさんが見せてくれました。印象に残ったのは、まるで泥が固まった石のような物が食べ物だとのことで、ちょっとかじってみたけどやっぱり泥のような味がしました。

それから、じゅうたんを作るところを初めて見ました。子供達も、じゅうたんが本当に手をかけて作られていくところを実際に見て、かなり感激してました。

いろいろ見せていただいた後、手作りの工芸品などを売ってくれるのですが、買ってまで欲しい物はありませんでした。何も買わなくて、ちょっと悪いなあとも思いますが、でも農家のおじさんは、最後までニコニコしながら見送ってくれたので、気分良かったです。

そこからフリアカの街を抜けて、約束の13時少し前に空港に着きました。

子供達に大受けのタンス航空でリマヘ飛ぶ

まだ出発まで2時間40分もあるのに、誰もいないカウンターにもう10人以上の人が並んでいました。しばらくして職員がやってきてチェック・インが始まりました。到着した後にさっさと動けるように、リュックは今回の旅行ではいつも機内持込にしています。大きな荷物だから預けさせられるかなあと思ったけど大丈夫でした。チェック・インも問題なし。やっぱり英語が通じないので、窓際の席をリクエストするのに絵を描いて見せたら笑ってたけど通じました。

空港のレストランで、たっぷり昼食を食べました。もう一度、今晩のリマの宿に電話しました。この宿は、出発前にメールでペルー国内線の航空券の手配を頼んだ旅行エージェント(Raymi Travel)がやっている宿で、場所的にも値段的にも安全面でも良さそうです。オランダ人のご主人とペルー人の奥さんの家族が経営しているようです。ご主人には、アメリカからリマに到着した時に、空港まで航空券を持って来てもらったので一度会っています。

今度は電話には奥さんが出たようで、ご主人は今外出中とのこと。今晩、部屋は空いているそうです。空港まで迎えに来てもらえるか聞いたら「主人が帰って来るまで迎えに行けるかどうか分からないので、もう一度後で電話してくれますか?」と言われ、それに「うちが迎え代にいくら取るか知ってますか? 15ドルも取るんですよ!」と言ってました。15ドルなのは知ってたけど、奥さんがそれを高過ぎると思ってるような雰囲気が伝わってきたのがおかしかったです。「それなら、自分でタクシーで行きます。」ということにして、ホテルの住所を確認し、タクシー代は10~15くらいだと聞きました。

リマまではタンス航空という会社の便で、古い恐ろしげな機体を飛ばしていると聞いていたけど、そんなことなくて、思ったより立派な機体だしちゃんと定刻に出発しました。でも、離陸の時の振動で、我が家の座席の所だけ頭の上から酸素マスクが落ちてきたのは愛嬌で、子供達には大受けしていました。

右側の方が山が見えるかなと思って、チェック・インの時の絵では右側をリクエストしたつもりだったけど、左側の席になってました。でも、これが正解。離陸してすぐに、何と、プーノの街、タキーレ島、シユスタニ遺跡のある半島が眼下に見え、写真も撮れました。写真の左の方、伊豆半島みたいなのがシユスタニ遺跡の半島です。

アレキパに一度着陸して燃料補給の後、再度飛び立ってリマに向かいます。その度に酸素マスクが落ちてきます。ちゃんとサンドイッチや飲み物の機内サービスもありました。ナスカの近くも通るのですが、こういう飛行機からでも地上絵が見えるという話しは聞いたことないし、雲もあったし、やっぱりナスカは分かりませんでした。

タクシーでリマの宿を探しまくる

リマの空港ではまたどっとタクシーの客引きに声をかけられましたが、それは通り過ぎて、もう一度、宿に電話しました。さっき電話で聞いた住所と、ガイドブックに書いてある住所が違うので、確認したかったからです。もう一度しっかり聞いて「タクシー代は10~15ドルくらいですね?」と確認すると、「違う、違う、10~15ソルくらいです。」とのこと。ドルとソルではかなり違います。

紙にホテルの名前と住所を書いて、建物の外のタクシー乗り場まで行って、その紙を運転手に見せながら「10ソル」と言うと、最初に声をかけた運転手は立ち去って、他の運転手が自分が連れてってあげると、自分の車の方に向かって歩きだしました。その車は、タクシー乗り場じゃなくて、駐車場の中に停めてあり、しかも他のタクシーのようにTAXIと書いた札がウィンドウに付いてません。大丈夫かなあと、ちょっと思ったけど、他の運転手と同じ制服を着ているので、信用することにします。

今までペルーを旅行してきた場所と全然違って、リマは大都会で、スーパーやファースト・フードや家電製品の店や、何でもあってアメリカとそう変わらない景色です。どんどん暗くなって、何車線もある大通りを離れ、何となく寂れたような感じの場所に入ってきました。ホテルのある通りを探してるけど、なかなか見つかりません。

しばらく走りまわった後、運転手は車を停めて、地図を引っ張り出し、ホテルのある通りを探しているようです。「この名前の通りは、ここにあって、ここから先は通りの名前が変わるから、この辺りにあるはずだけど、そこを走ったのにホテルはなかった。」と言ってるようです。住所は2度も確認したので、間違ってるはずはありません。「とにかくこの住所だから、ここに書いてある番地を探してそこに行きたい」と言うしかありません。

また出発して、目的の通りに来ると、目指す番地はさっき走った範囲の外側だったようで、この辺りは一方通行の通りが交互に並んでいるので、また大廻りしてやり直しです。ようやく番地的には目指すところにやってきました。でも、ホテルらしき物は見当たりません。私が車を降りてその番地の建物を確認しに行くと、塀の中の扉の上に、ツタに隠れるようにして小さくホテルの名前(Mami Panchita)が書いてありました。ホッ。

運転手は、これだけさんざん走りまわったから15ソル欲しいと言います。最初に正しいアドレスを見せて10ソルだと確認して出発したのだから、こちらはそれ以上は出したくありません。でも、10ソルちょうどの小銭があるかなあ。妻のと私のと財布の中のソルをかき集めると、何とか10ソルありました。運転手もあきらめてそれだけ受け取って去って行きました。

そういう騒ぎを聞きつけたのか、塀の中の扉が開いて奥さんが出てきました。

リマの宿に落ち着き、毎日でも食べたい「セビチェ」に出会う

建物の中は、バーカウンターのあるラウンジ、ダイニング、パティオと贅沢に共用スペースがあり、我が家が泊まる部屋も広々として4つベッドがあって、予想以上にとってもいいところです。今までの宿とは違う雰囲気に、息子が「こんなところに泊まって大丈夫なの?」みたいなことを言うのがおかしかったです。でも、これでも1人1泊15ドルで子供は2人で1人分にしてくれました。

ちょっと歩いたところの市場のまわりにいくつかレストランがあるとのことで、そこまで夕食に出かけました。タクシーで走ってる時には、この辺りは何となく寂れた感じがしてたのですが、暗くなって歩いても安全とのことで、安心しました。

市場はもう閉まってましたが、まわりを一周した後、シーフードが食べられるレストランに入りました。リマに来たらぜひ食べたかった料理「セビチェ」が食べられます。生のシーフードをマリネにしたようなものです。レストランと言っても、地元の人が利用する食堂という感じの所で、当然英語は通じず、セビチェを注文したら何かいろいろと言ってきたのですが、全然分かりません。何かがどうだけどいいか? みたいに聞いてる雰囲気です。セビチェに入れるシーフードを何にするかと聞いてるのかなあと思って、いくつかスペイン語で知ってる単語を言ってみたら、肩をすくめて、「普通はそんな風には食べないけど、ご希望ならまあそれもいいでしょ。」みたいな雰囲気でした。

今まで高山病にならないように、ずっとアルコールはなしでしたが、ようやくビールも飲めます。気温も高くなって、Tシャツ1枚でちょうどいいくらいなので、冷たいビールもおいしく飲めます。

出て来たセビチェは、大正解でした。おいしいです! リマにいる間は、毎食セビチェが食べたいと思いました。でも、子供達にはあまり人気がなくて、特に娘はほとんど食べませんでした。

宿に戻ると、もうご主人も帰って来ていたので、明日、日帰りでナスカの地上絵を見に行けるようなツァーはないか聞いてみました。でも、1人300ドル以上するし、もうこの時間では明日のツァーはどっちみち難しいとのことで、ナスカはあきらめました。

明後日は空港に出発の3時間前には着いていた方がいいとのことで、朝5時には出発することになります。その時間に合わせて朝食も出してくれるそうで親切です。その朝はご主人も空港に行くから乗せてってあげられるかもと言うので、15ドルかかるのか聞いたら、タクシーの方が安いし、その時間でも走ってるタクシーを停められるから、停めるのを手伝ってあげるとのこと。空港からここまでタクシーが10ソルだったと言うと、驚いていて、自分でもそんな値段じゃ来れない、普通は15ソルくらいかかると言ってました。貧乏バックパッカーを目指してる旅なので、とっても嬉しいことでした。

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